私は今まで、他人様の告別式に和装でお参りした事はありません。
昨日の日曜日は、
15歳の時に入門した茶道の先生の告別式でしたので
初めて和装でお参りする事にしました。
20年前の母の葬儀の折、
今回お亡くなりになった先生とご一緒に来られた茶道の関係の方は
皆様和装でお参りして下さいました。
ですから、私も礼儀を尽くさねばと和装にした次第です。
告別式が済んで、お斎も済みほとんどの方がお帰りになりました。
「あと5分ほどで、遺骨とお位牌が、到着します。
」
告別式の後、
遺骨とお位牌がお斎の会場に御安置されましたが、
お寺に連れて行かなくてはならないと、
一旦お斎の会場から離れていたのです。
遺族の方々と、数人が残っていましたが、
「先生に会ってから帰りたいわ。」
と先生の到着を待っていました。
改めて、遺骨とお位牌と遺影に向き合った時
思わず、
「先生。他の人がいなくなったから泣いても良いですよね。」
と口から出てしまいました。
こらえていた哀しみが溢れ
涙がとめどなく流れて来ます。

何しろ自分の両親よりも長い年月可愛がって頂いたのですから・・・。
父は私が26歳の時、母は私が38歳の時に他界していますが、
先生とは、42年間の師匠と弟子の関係なのです。
師匠と弟子以上の関係だったかも知れません。
私が、28歳で癌を患った時に
決して、親より先に死んではならない。
親より先に死ぬのは、一番の親不孝なのだから
何が何でも癌に負けてはなりません。
との励ましのお手紙は、癌を乗り越える心の支えの一つになりました。
そして、癌を治した後で、市議会議員選挙に出る時には
後援会長を引き受けて下さいました。
選挙の時に、
私が独身という事で、あらぬ事を噂され、
先生に泣き込んだ事もありました。
「先生
私が独身と言うのがそんなに悪い事なんでしょうか

どうして、こんな酷い事を言われなきゃいけないんでしょう
助からない病気が治ったから、少しでも人のお役にたちたい
と言うのが悪いんですか
」
子供の様に泣く私の背中をさすりながら、
なだめて下さった事も思い出されます。
決して、親より先に死んではならない。
親より先に死ぬのは、一番の親不孝なのだから
何が何でも癌に負けてはなりません。
と仰った先生は、お嬢さんを子供の時に病気で亡くしています。
更に、数年前には、もう一人を亡くされました。
今改めて、先生の言葉を噛みしめています。
親子は一世。夫婦は二世。師匠と弟子は三世。
死んで終わりじゃない。
来世の為に、年をとっても勉強するのよ。
少しでも、勉強している方が、この次産まれて来る時の為になるからねぇ。
苦に凹む事無く、嫌な事も笑い飛ばし、前向きに生きる。
弟子が失敗してもおおらかに包み込んで下さる。
研究会でお点前をする様になった時には、
「こんな失敗をした時には、こう
あんな失敗をした時には、こう。」
等と、失敗をしてはいけないと緊張させるのではなく、
失敗した時の対処の仕方を弟子に教えて下さるので
却って、緊張しての失敗も少なくて済むのです。
そして、たとえ他のお社中の方が失敗しても、
ジョークで、その場を和ませ、お点前をし易くしてあげるのです。
私が、癌を乗り越えられたのも、
お茶を通しての鎌田宗百先生の薫陶のお蔭と感謝しています。
多くの弟子の中で
一番出来の悪いのが私。
先生に一番心配させたのが私。
そんな私ですが、
鎌田宗百先生に師事出来た事は、本当に幸せな事でした。
鎌田宗百先生のご冥福をお祈りしています。