便秘の解消には・・・

便秘でお悩みの方は多い事と思います。
私は小学生のころからヒケツ(便秘)でした。

けれども、特別お腹が張るとか便秘に伴う悩みはありませんでした。

大学生の頃には月に2回程度の排便でしたが
それでも、特別お腹が張るとか便秘に伴う悩みはありませんでした。

所が便秘の怖さを知るところとなり
【便秘は解消しなければ・・・】

と便秘解消の努力を始めたのです。

便秘薬も当初は効果があってもすぐに効かなくなります。
1回に1週間分を飲んでも効かなくなるのです。

そして薬を変える。
けれども、結果は同じでした。

便秘に良いというお茶、乳酸菌関係の食品にサプリメント等々。

結局すべて効かなくなりました。

癌になった時には、お腹は(胃の部分からお腹全体です)カチカチでした。
医師が触診しても柔らかい所はありません。
実は、これが長年の便秘の結果だったのです。

ひょうたん水を開発してからは、

便秘とは、腸が不健康な結果である。
腸を本来の健康な姿にしない限りは、どんな薬もサプリメントも効かなくなる。
効果を感じる事が出来なくなった時には、腸は本来の姿からかけ離れたものになる。

と気づき、ひょうたん水を使いこなして自らの腸の働きを良くするように努めました。
勿論、腹筋を鍛える事もしました。

その結果便秘は解消しました。happy01

けれども、長年溜め込んだ汚れはおいそれと無くなるものではないのです。

昨日、お腹が急に痛くなりました。
すると、排便時に心臓が痛くなるだけでなく息もまともに出来なくなったのです。
冷や汗と脂汗。意識を保つのも大変でした。

トイレにはひょうたん水を置いているので
頭・首・お腹にスプレーしながら激痛に対処しました。

その後も、胸は苦しく、歩くのもまともに歩けませんでした。
しかしながら、食事の後、
ひょうたん水をたっぷり入れたお風呂にゆっくり浸かったら体がすーっと落ち着いたのです。

意識を失いそうなほどの激痛でしたが、ひょうたん水で乗り越えた結果、お腹のしこりが又小さくなっていました。

自分のしてきた事が良ければこの様に苦しむ事はなかったと思います。

毎日毎日の生活で、善悪を改めて考えて行く事の大切さと
楽で良くなることは決してないと言う事を学んだ清浄化でした。scissors

乳癌による肩の痛み

乳癌の方は、肩の痛みを感じる事があるようですね。

ひょうたん水を使い始めて3か月になる女性から4回目の注文を頂いた時の事です。

「肩の痛みが楽になったんですよhappy01scissors

改めてひょうたん水の使い方を伺って後、
今の状態でのひょうたん水の使い方のアドバイスを致しました。

そうしましたら、
「今回は1本増やして4本注文します。sign01
アドバイスされた使い方をしてみますsign01

との事でした。

少しでも良い方向に行って欲しいものです。

小林麻央さんの訃報で思い出した事【最期の言葉】

小林麻央さんの【最後の言葉】は「愛してる」

と会見で夫の海老蔵さんが話されていました。

それを聞いて、ひょうたん水の愛用者の体験を思い出しました。

その体験談を紹介致します。

その方は胃癌で奥様を亡くされました。

私が奥様の病気を知ったのは、
胃癌で余命いくばくもない状態でした。

早速、病院にお見舞いに伺ったのですが生気がありません。

少しでも、奥様に生きて頂きたくて
ご主人にひょうたん水の使い方を改めてお伝えしたのです。

けれども残念ながらその後、心肺停止に陥ってしまいました。(;д;)

それがなんと奇跡的に助かったのです。ヽ(´▽`)/

しかしながら、心肺停止の状態から蘇生されたものの
記憶が一部失われてしまいました。

家族の事もほとんど判別がつかなくなってしまったのです。(;ω;)

ところが不思議な事に、ご主人と私の二人だけは判別が正しくついたのですよ。

それから、半年以上寝込むこと無く自宅で家族と生活されました。

最期は自宅のご自分のお布団でその時を迎えられたのです。

家族の見守る中でご主人に

「愛していますheart02有難うsign01

と言ってこの世を去られたのです。

ひょうたん水が製品化されたばかりの今から十数年前の話です。

小林麻央さんのブログがスタンフォード大学に!

乳癌で亡くなった小林麻央さんのブログが
スタンフォード大学の図書館に保存される事になりましたね。

http://www.oricon.co.jp/news/2096494/full/
http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170830-OHT1T50285.html

小林麻央さんのブログが如何に多くの人に力を与えたのかが判ります。

死してなお、人の心に残るだけでなく、
米スタンフォード大学・東アジア図書館の
ウェブアーカイブコレクションに保存されることで
こかから先も多くの人に勇気と力を与える事になる事でしょう。

小林麻央さんの訃報で思い出した事【前向きに生きる】

小林麻央さんは最後の最後まで前向きに生きた女性だと思います。

誰でも、癌で死にたくは無い筈です。

だからこそ、癌を治す為に様々な治療を受けるのですよね。
けれども、自分の選んだ方法や手段が
自分の望む目的に繋がっているのかどうか
見極めなければなりません。

自分の向いている方向が、本当に自分の希望を手にする方向なのか

自分の希望を手にする方向に向いているつもりでも、
本当は望む方向ではないのではないのか  等々

私は特別、前向きな人間とは思っていません。

けれども、35年前に余命3か月の宣告を受けながら
再発もせず、元気に暮らしているのは(時々清浄化はあります)
私の選んだ方向性と手段、考え方などが間違っていないという証だと思うのですが。。。

一人でも多くの人が、ご自分の希望を手にする方向を正しく見極め、
その道を歩まれます様祈る毎日です。

小林麻央さんは【生きたかった】

【出来れば一年10年・・・生きたいのだ!】

のブログの一文を読んだ時に

けなげに頑張っているけれど
これこそが彼女の心の発露と受け取りました。

小林麻央さんは【生きたかった】筈です。

確かに女性として喜びを沢山手にして充実した人生だったと思います。
前向きで可愛くて清楚で・・・・

かねがね、とても素敵な女性だと思っていました。
更に発病を公表してからのブログは多くの人に勇気を与えた事と思います。

可愛いい二人のお子さんと愛する旦那様

家族に愛されながらも、家族を残し逝かなければならない苦しみは、
いかばかりかと思います。

私は、お見合いをして新婚旅行先が決まっていた時に発症したのですが
結婚はまだでしたし、もちろん子供もいません。

だからこそ、生に執着すること無く癌に向き合えたのだと思います。
もしも、私が小林麻央さんと同じように結婚をして子供を授かっていたら

無治療は出来なかったかも知れません。
小林麻央さんと同じ様に、医学的に良いと思われる事は何でもしたかもしれません。

その結果どうなったであろうか分かりませんが、
少なくとも、【余命3か月と宣告されて35年も元気で生きる

事は出来なかったと思います。
癌の体験をして私が考え産み出したひょうたん水。

間に合う内にひょうたん水に出会ってほしいsign01

と思うのです。。。

癌治療の選択・・・無治療について

MAG2NEWSでhttp://www.mag2.com/p/news/250930/2
池田清彦教授の癌に対する考えを書かれていました。
参考になると思い書きました。

参照開始

近藤誠氏のように無治療を勧める医師も稀ながらいるだろうが、ほとんどのがん治療専門の医師は、「治療をしても治りません」と言うと、おまんまの食い上げになるので、治療をすれば、治る可能性もないわけではない、あるいは延命できるかもしれない、あるいは症状が多少緩和されるかもしれない、と言って、手術や抗がん剤の投与を勧めるだろう。無治療ではお金にならないので、高価な治療を勧めるわけだ。

一方、患者の方としては、無駄な治療や有害な治療をされたらかなわないので、ある程度の医学的な知識を持つことが必要となる。たとえば、血液のがん以外には、抗がん剤はほとんど効かないことを理解していれば、抗がん剤を拒否することができる。とりあえず、無治療で様子を見るという選択肢は悪くないと私は思うが、多くの人は何もしないで様子を見るという事に耐えられないのだ。...参照終

私は、無治療を選択したから癌が消えた事に間違いはありません。

しかしながら、続く胃痛や貧血めまい・嘔吐に発熱、不眠に食欲不振
数え上げたらキリが無い位の苦しみを乗り越えるには、
患者自身の努力だけでは覚束ないのです。

家族や友人の支えなくして
癌などの重篤な病気を乗り越える事は
私の体験からも出来ないと思います。
家族の不安や不平不満は患者の心身に大きく影響します。

ひょうたん水に出会った重篤な癌患者の方を見ましても

高いから...
老後の事があるから...
交点反応が出たら困るから...

等々様々な反応を示されます。

癌の治療の為に手術をし再発を再手術に抗癌剤治療を受け
挙句の果てに「もってもあと数か月」
と宣告されてひょうたん水に出会う方も少なくないようです。

私は、一日でも多く生きて欲しいのです。
一日でも多く、ご家族と感謝の時を過ごして頂きたいのです。
一日でも多く、体の汚れを落とす時を与えてもらいたいのです。
一日でも多く、ひょうたん水から大自然のエネルギーを受け取って貰いたいのです。
一日でも多く、愛を感じる時を過ごして頂きたいのです。
残された日々を後悔の無い様に過ごして頂きたいのです。

その日々の積み重ねの結果、
少しではあるけれども食べれるようになったとか
抗癌剤の副作用が楽に収まるようになったとか
気付いたら延命していたとかになるのです。

その為の力になりたい!そう思ってひょうたん水を開発しました。

癌などの重篤な病気は、御夫婦、ご家族などの愛が試される時でもあります。患者のみの問題と受け取らずに病気と向き合っていかれます様に!

小林麻央さんの訃報で思い出した事【癌と闘うという事】

【癌と闘う】

という言葉は、癌になると一様にお使いになるのを見聞します。

その中でも特に

1993年9月6日、会見を開いたフリーアナウンサー
逸見政孝さんの口から発せられた言葉を鮮明に覚えています。

さわやかな方でしたねぇ。

その時私は39歳
28歳の時に余命3ケ月の胃癌を克服し市会議員になっていました。
まだ、ひょうたん水は完成していません。

逸見政孝さんがTVtv

【癌と闘ってきます】

の言葉を聞いた時eyeear

癌と闘って助かる訳がないsign01
果たして・・・・sign02

と考えた事を思い出します。

結果的には、
記者会見から3か月後に帰らぬ人になってしまいましたcrying
とても残念で悲しかったのを思い出しました。

癌に限らず、どの病気も
自らが生きてきた結果です。

自分が自分と闘って勝つ訳がないのです。
何故なら、発症するまでの期間のほうが長いからです。

自分自身の生き方・考え方・心のあり様・善悪の判断基準等々
良いと思って生きて来た結果が今現在の姿なのです。

今現在の姿が、自分の望まない結果であれば
自分の生き方・考え方・心のあり様・善悪の判断基準等々に
何か手落ちや、判断の違い等があるという事になります。

それらを正して行く努力をせずに、
【病と闘う】事をしても、到底勝ち目はありません。

たとえ手術やお薬で一時的に良くなったとしても
それはあくまで一時的なものでしかありません。
その証拠に、再発するのです。

癌になったら、病気になったら

素直に、癌に・病気に向き合って下さい。
そして、自らを振り返り修正・是正していく努力をする事です。

私はこんな性格なのよdespair
私の癖なのだから仕方ないのよpout

と自らを変える努力をしない人は
自分の望まない結果を手にする道を歩むだけなのです。

人生は人それぞれです。

一時的に良くなっても悪くなる道を選ぶのか
一時的に悪くなっても良くなる道を選ぶのか

選ぶのはあなた次第です。

小林麻央さんの訃報で思い出した事【困った時の神頼み】

 【 困った時の神頼み 】

誰でも知っている言葉ですよね。

【あとは神頼みしかありません。神様に頼るしかありません。】

母が子宮癌で医大に入院した時に
担当医から言われた言葉です。

お医者様でもこんな事を言う事もあるのかと思ったのを思い出しました。

その様に医師から言われた(見放されたと言っても良いでしょうね)
母は退院してから一年以上日常生活を普通に送り
最後の最後に一か月入院してから旅立ちました。

小林麻央さんも神頼みをしたのかしら・・・?

等と思う事もありましたが、

みたまうつしの儀(仏教でいうところの通夜)

をされたと聞き、神道であれば神頼みはされていたに違いないと思ったところです。

小林麻央さんの訃報で思い出した事【食べるという事】

小林麻央さんの最後まで諦めずに頑張る姿や笑顔に心から応援していました。

私は、胃がんで、癌性潰瘍もありましたから、

【食べるという事】

は、とてもしんどい事でした。

一日最低10回は嘔吐していたのですから当然ですが。。。

食欲がないのは勿論、
休みなく痛む胃と、痛みの為に硬直する胃
更に、味が分からなくなるだけでなく、
ご飯を噛むとジャリジャリと音がするのです。

お箸を持つのも重くなり、更に食べる気が失せてしまう。

それでも、食べました。
お茶漬けで噛まずに胃に流し込むのです。

胃に入れば更に痛みは酷くなりました。
それでも食べるのです。

我が血肉になってほしいsign01
生きる力を与えて頂きたいsign01
癌を治す力を与えて頂きたいsign01
親より先に死なれないsign01

食が細くなれば、それだけ癌を治す可能性は低くなる。
だからこそ、どんなに苦しくても普通の量のごはんだけは食べたのです。

癌の方に出会う事も多くなりましたが
食が細くなると、生命力が低下していくのを感じます。

食べ物に感謝をし、しっかりと食べる事の大切さを思います。

母は、「ただ食べるのではない。食べ込むことが大切sign01

と食べ込む様に躾けてくれたお陰で、どんなに苦しくても辛くても

【食べるという事】

が出来たのだと思います。riceballnoodlebread

日ごろから

【食べるという事】はどういうことなのか。

【食べるという事】はどういう姿勢であるべきなのか。

等々考えて行く事は大切なのではないかと思います。

小林麻央さんの訃報で思い出した事【貧血】

私は、胃がんを患っている時に
嘔吐・吐血を繰り返していました。
当然の事ながら、貧血がありました。
もともと、低血圧で貧血だったこともあり、
癌で吐血するようになってからは一層ひどくなったのは当然の事でした。

駅などでは、椅子を見つけては、

「あそこまで歩く!」

と目的を明確にして自覚をもって、

「よしっ!」

と気合を入れなければ歩くこともままならない状況もありました。

ある時、友人宅に行くのに体調が悪くなり
タクシーで向った時の事です。

倒れ込む様にタクシーに乗車したのですが
息が上がり、肩で息をしている私の異常に気づいたタクシーの運転手が

「このまま病院に行きましょう!救急病院に連れて行きますよ!」

と言って心配された事がありました。

その時は、
何とか友人宅に着医いたのですが、

友人にドアを開けてもらった途端に
玄関先で意識を失ってしまったのです。

どれほど経ったか覚えていませんが、
意識が戻った時には
友人は毛布などで体を温めてくれていました。

友人は140cm代の身長で華奢な体でしたので、
いくら癌で痩せたと言っても163cmの私を動かせなかったのです。

それでも、その後、しばらくして落ち着いた時に

エネルギーを補給しなければと
友人の作ってくれた食事を食べた後、
何事もなかったかの様な私の姿に友人は驚きを隠せませんでした。

「どうしよう。死ぬかもしれない!」

と思ったとは後日談での彼女の言葉でした。

小林麻央さんの訃報で思い出した事【乳癌と出血】

小林麻央さんと同じ乳癌の女性で
ひょうたん水に出会った方がいらっしゃいます。
昔でいう正看護婦(今でいう看護師)だった方です。

ひょうたん水に出会ったときは既に乳癌がかなり進行している状態でした。

既に乳房が大きく腫れあがっていました。

ひょうたん水を飲んだり、つけたり、湿布したり等々

ひょうたん水を使いこなすにつれて乳房はさらに膨らんでいきました。

ある時、入浴時に胸をバスタブてうった衝撃で

乳癌の塊が出て来たのです。

腫瘍の塊の大きさはゴルフボール位だったと教えて下さいました。
(残念ながら、私は実物を見ていません。)

その時に、1~2リットル位の出血をしたというのです。

「そのような大量出血なら出血死か、ショック死するのではないですかsign02

と私はその女性に直接9聞きました。ear

その方曰く

「 常識ではあなたの言う通りです。
でも、その時、ひょうたん水をごくごく飲んだんです。
輸血もせずに顔色も良くなったんですよsign03

私の体験から言って、ひょうたん水は血を作るに違いないsign03 」

と言われたのです。

私は、「 ああ、そうなんですねw(゚o゚)w 」 

と言うしかありませんでした。

「 でも、医療従事者がご自分の体験から言われるのだから
 そうなんでしょうね。
 ひょうたん水は血を作るんですか・・・・sign02 」

という体験を思い出しましたので。。。

ひょうたん水の力の一つを知った出来事でした。happy01

小林麻央さんの訃報で思い出した事【口内炎】

私もがんを患っている時は口内炎が酷かったです。

常にいくつかは口内炎が出来ていました。

口内炎がいくつかの時は、口内炎に当たらない様に
気を付けながら、飲食をすれば済む事でした。
そんな口内炎も長く付き合っていると
要領が分かる様になるものなのです。
そうすると、口内炎があっても気にならなくなるのです。

それでも、10個くらい口内炎が出来た時は辛かったです。

口内炎が一つ出来、二つ出来三つ出来、10個までは数えましたが・・・。

一つ一つ分離していたのが次第に合体し、
全ての口内炎が一つに繋がった時は
お茶を含むだけで、七転八倒していたのを思い出しました。

その時、小林麻央さんのようにカモミールティーでうがいをしていたら
少しは楽に口内炎を乗り越えていたかもしれないと思いました。

https://ameblo.jp/maokobayashi0721/entry-12282690948.html

癌でご逝去・・・【大橋巨泉さん】

マスコミ報道でご存知と思いますが
大橋巨泉さんが2016年7月12日にお亡くなりになりました。

大橋巨泉さんは、

2005年に胃がんを手術平成17年に胃がんの手術を受け

5年生存率をクリアしています。

けれども、

2013年には、第4期の中咽頭がんで3度の手術と、
4回の放射線治療、

2015年の秋には2度の腸閉塞と手術

をされてのご逝去との事。

癌になってからの11年間は、本人のさることながら、
ご家族の方も大変だった事と察します。

外科的治療などをして、一時的に

【良かったぁsign01】 【助かったぁheart04】 【良くなったhappy01

と喜びもあった事と思いますが、
11年間果たして、心の休まる日は有ったのだろうかと思います。
常に再発の不安を抱えながらの11年間だったのではないでしょうかsign02

それを考えると、

不安を抱えたままの

「良い」

は果たして本当に良い事だったのsign02

と考えずにはおれません。

死ぬまで不安を持ち続ける生き方
苦しみを背負った生き方は・・・

私にはとても真似は出来ません。

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